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福岡地方裁判所 平成3年(ワ)948号 判決

原告

破産者飯田産業株式会社破産管財人

國武格

右常置代理人弁護士

八谷時彦

右訴訟代理人弁護士

黒木和彰

被告

丸紅株式会社

右代表者代表取締役

臼井昭八郎

右訴訟代理人弁護士

杉浦正健

鈴木輝雄

仲居康雄

上拾石哲郎

主文

一  被告は原告に対し、金三六億五四四四万円及び内金四億六五五六万円に対する平成二年一〇月二六日から、内金六億五五〇八万円に対する同年一一月二六日から、内金六億六六四一万円に対する同年一二月六日から、内金五億四三八四万円に対する同年一二月二六日から、内金六億四九九三万円に対する平成三年一月二六日から、内金六億七三六二万円に対する平成三年二月二六日から、いずれも完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨並びに仮執行宣言

2  被告

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

二  事案の概要

1  本件は、飯田産業株式会社(以下「飯田産業」という。)の破産管財人である原告が被告に対し、飯田産業と被告とのあいだに成立した鋼材売買契約に基づく代金請求を主位的請求とし、右売買契約が無効であるとするならば、右売買契約は被告の社員が飯田産業から代金を騙取すべく締結したものであって、右不法行為によって飯田産業が損害を被ったとして使用者責任に伴う損害賠償請求を予備的請求とし、それぞれ売買代金又は損害賠償の支払を求めている事案である。

2  争いない事実

(一)  飯田産業は、鉄鋼・鉄鋼製品の販売等を営業目的とする会社であるが、平成三年二月一日、福岡地方裁判所に破産の申立をなし(同裁判所平成三年(フ)第一四号)、同年二月五日午前一〇時、同裁判所において破産宣告の決定を受け、同時に原告が破産管財人に選任された。

被告は、広範な分野にわたって営業を営むことを目的とするいわゆる総合商社である。

(二)  飯田産業と被告は、昭和四二、三年頃から被告九州支店との間で鋼材の売買取引を開始し、昭和六三年八月頃までは取引を継続していた。

(三)  株式会社共和(以下「共和」という。)は、建築用鋼材等の売買を主たる営業目的とする会社であり、平成二年一一月二六日に東京地方裁判所に和議手続開始の申立をなした。

(四)  被告は飯田産業に対し、別紙取引一覧表(以下「取引一覧表」という。)番号(1)ないし(6)、(9)ないし(11)の各売上金額欄記載の金額に相当する支払いをした。

(五)  取引一覧表番号(35)ないし(40)記載の契約(以下、「本件取引」という。)にあたる金員については、被告は左記のとおり飯田産業に対して支払いをしない。

支払期日   金額(円)  件名

平成二年   四億六五 東急青山

一〇月二五日 五六万円 ビル外三件

平成二年   六億五五 新宿TK

一一月二五日 〇八万円 ビル外三件

平成二年   六億六六 青山NT

一二月 五日 四一万円 ビル外三件

平成二年   五億四三 コスモOB

一二月二五日 八四万円 ビル外二件

平成三年   六億四九 MSビル

一月二五日 九三万円 外三件

平成三年   六億七三 NTホテル

二月二五日 六二万円 外三件

(六)  被告は、被告の組織の一部である「鉄鋼プロジェクト営業部」に建築用鋼材等の取引を担当させていた。右部の部長は、被告代表者から右取引に関する代理権を授与されていた。

(七)  飯田産業、共和、被告間の本件取引についても、右部の部長は、被告の社員として、被告の代表者から代理権を授与されて、被告と飯田産業間の取引一覧表番号(1)ないし(6)および(9)ないし(11)の取引を行った。

(八)  被告から飯田産業に対しては代理権の消滅についての書面もしくは口頭による通知は一切なかった。

臼井昭八郎が被告の九州支社長であったが、右臼井は飯田産業に対して、右幹部社員等の代理権消滅の通知をしていない。

三  争点

1  本件取引が契約締結権限を有する者によって行われたものか否か。

2  飯田産業が権限濫用の意図につき知りまたは知ることをうべかりしといえるか。

3  物品の納入がなされていない本件取引について被告が代金支払義務を負うか。

四  争点に対する判断

1  認定事実

(共和と被告との取引関係)

(一) 被告では、従来、金属部門が鉄鋼原料本部のほか、国内取引を扱う鉄鋼第一本部、海外取引を行う鉄鋼第二本部に分かれていたところ、昭和六〇年四月に機構改革が実施され、それまで鉄鋼第二本部に属していた鉄鋼プロジェクト営業部は、他の部とともに鉄鋼第三本部を構成することとなり、海外取引に加えて国内取引も取り扱えるようになった。ただし、昭和六二年四月鉄鋼第三本部は解消され、鉄鋼プロジェクト営業部は再び第二本部に属することとなったが、引き続き国内取引が扱える状況にあった。

共和及び飯田産業との取引に関与した被告の社員のうち、堤林正(以下「堤林」という。)は昭和五九年四月から東京本社鉄鋼プロジェクト営業部長であり、久保田和良(以下「久保田」という。)は昭和六〇年四月から鉄鋼プロジェクト営業部部長付であり、津田拓男(以下「津田」という。)は昭和六〇年四月から鉄鋼プロジェクト営業部室員であった。(甲三七、三八、乙八)

(二) 森口五郎(以下「森口」という。)は、共和の取締役副社長であったが、実質上の経営権を掌握していた。森口は、自己資金の裏付けなしに、ノンバンクなどからの借り入れによって、共和の事業拡大を図ってきたが、堤林及び久保田に、総合建設会社(ゼネコン)からの鋼材製品買付けに関し商社として右取引に介入することを要請した。堤林及び久保田は、鉄鋼プロジェクト営業部が業績不振で廃部の危機にあったことから、右取引によって業績を向上させ、廃部の危機を回避するとともに昇進を果たそうとして、右申入れを承諾し、森口が持ってくる奥村組からの鉄骨製品の売買に関する注文を被告が受けて、これを共和に被告が発注する契約をするようになった。(甲九、三七、三八、四三、被告代表者)

(三) 堤林及び久保田は、津田に命じて右取引を行ってきていたが、右取引によって業績を上げ、昭和六三年四月、堤林は鉄鋼第二本部副部長に、久保田は鉄鋼プロジェクト営業部部長代理に、津田は同部第一営業課課長に昇進し、鉄鋼プロジェクト営業部長には佐々木実平が就任した。(甲一八、三七、三八、四三、被告代表者)

(四) 堤林及び久保田は、被告から共和へ発注すると同時に右取引の八〇パーセントに当たる金額を先払いする方式の取引を森口からもちかけられ、取引拡大のためにこれを承諾し、先払いをしてきたところ、ゼネコンからの未払いが一〇〇億円を超え、昭和六三年八月、鉄鋼プロジェクト営業部に対し共和との取引が禁止され、債権の回収が指示された。堤林及び久保田は、右先払いする方式の取引につき、森口がゼネコンからの発注書を偽造した架空取引を混在させていることを知るようになっていたが、そのまま取引を継続し、先払いを続けてきていたものの取引禁止となり、大口未払先である株式会社奥村組との弁済に関する合意文書の作成を命じられ、森口とともに右文書を偽造して被告に差し出した。(甲二二ないし二五、三七ないし四〇、四三、被告代表者)

(五) 堤林及び久保田は、昭和六三年八月、共和とめ取引を禁止され、森口と対策を協議したところ、共和の資金繰りは逼迫しており、共和が倒産すれば被告への支払いは不能となって失職せざるをえず、一方、共和の新規事業が軌道に乗りさえすれば多くの利益を生んで被告への支払いができると説得され、被告名義で第三者に発注し、第三者から共和に発注させて右第三者からの支払いを先行させることになり、これまで散発的に同様の取引を行ってきていた飯田産業などとの架空取引を続けることになった。(甲九、三七ないし四〇、四三、被告代表者、弁論の全趣旨)

(六) 堤林及び久保田は、森口とともに、前記奥村組との弁済に関する合意文書を偽造し、右文書に従い共和が奥村組の名前で弁済してきていたものの右支払いが滞りがちになり、再度文書を偽造して支払猶予の文書などを被告に提出していたが、思うにまかせず、平成元年六月、臼井に対し、右弁済に関する合意文書が偽造であり、また、奥村組などとの取引も架空取引であることを伝えた。(甲三七、三八、四三、被告代表者)

(七) 臼井は、奥村組などとの取引が架空取引であることが判明したことから、金属総括部長であった石川雅彦に命じ、前記ゼネコン名義の未払金を共和から回収することを指示し、共和との間に平成元年七月二五日、債務弁済等契約証書を締結し、平成二年一〇月三一日に未払金一〇四億円余りと金利全額の返済を受けた。なお、右共和からの返済資金は飯田産業などとの被告名義による新たな架空取引によって飯田産業などから支払われた金額などによって賄われた。(甲九、三八、被告代表者、弁論の全趣旨)

(八) 堤林及び久保田は、平成二年八月三一日付けをもって、降格処分を受け、堤林については同日付けで米国の会社に出向、平成三年七月に懲戒解雇され、久保田については金属総括部部長付きになり、同年一一月二七日懲戒解雇された。(甲三八、被告代表者)(被告と飯田産業の取引関係)

(一) 飯田産業と被告東京本社とは、昭和六一年一月三一日頃から飯田産業が被告に鉄骨工事等を注文する取引を開始した。右取引は、いずれも被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部と飯田産業大分営業所とが直接の窓口となった取引であって、被告の立場はいわゆる商社として右取引に介入し、右工事等を共和等に注文し、共和等が飯田産業に納入するというものであった。右取引のうち、昭和六一年一月三一日付出光千葉バルクターミナル建設工事に関する飯田産業の被告宛注文書には「納期、安全、品質、工程管理」につき被告の免責条項が明文をもって定められていた。(乙四、五の各1ないし7、六の1ないし9、七の1ないし8、九)

(二) 飯田産業大分支店長であった矢田進(以下「矢田」という。)は、昭和六一年三月初旬頃、津田から、共和の森口とともに被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部へ来るよう求められた。矢田は、まもなく上京し、右鉄鋼プロジェクト営業部の応接室において、森口とともに、久保田から、「ゼネコンから鉄骨製品の発注を受けた丸紅が飯田産業に発注し、飯田産業はこれを共和に発注して、共和が受注した製品をゼネコンに納入する取引をしたい。製品のゼネコンへの納入及び製品の品質管理については共和と丸紅が全責任を負う。飯田産業としては、共和に対する先払いさえすれば、三か月後にはマージンと三か月分の金利を上乗せした注文書記載の金額を丸紅から支払う。」との商談を受け、その手続は、「丸紅から飯田産業に鉄骨の注文書を発行して鉄骨を注文後、共和が飯田産業に請求書を出し、飯田産業が共和に請求書記載の金額を現金で支払い、丸紅がその三か月後に注文書の金額を支払うというものであって、飯田産業が億単位の金額を共和に支払いできるなら鉄骨の発注をしたい。とりあえず第一回目は二億五〇〇〇万円前後の取引になる。」との説明を受けた。(甲二一、二八、証人矢田)

(三) 矢田は、飯田産業福岡本社山本邦介営業本部長の指示を受け、久保田から渡された取引一覧表(1)に関する被告の注文書(甲一の1、被告名下に鉄鋼プロジェクト営業部部長の印影がある。)をファックスで飯田産業の福岡本社に送り、同本社の了承を得た上で、久保田の申出を承諾し、堤林に右取引のお礼と今後の取引のお願いをした。矢田は、翌日福岡本社に寄って右取引の説明をし、同日大分営業所において、取引先信用限度申請書を作成、被告の発注書、粗利益の計算書を添付して、福岡本社に郵送した。飯田産業では、共和からの請求書提出を待って、同月一三日社長の決裁を受け、共和に約束手形を送付した。これにより、取引一覧表(1)記載の契約が成立し、飯田産業は、同年六月一一日、被告からの支払いを受けた。(甲一の1、四の1、五の1、六の1・2、二一、二八、証人矢田)

(四) 矢田は、同年四月一〇日、鉄鋼プロジェクト営業部において、久保田、津田と会い、取引一覧表(2)に関する被告の注文書(被告名下の印影は同表(1)と同様である。)を受け取り、表(1)記載の取引と同様の事務手続きをした。これにより、取引一覧表(2)記載の契約が成立し、飯田産業は、同年七月一六日、被告からの支払いを受けた。(甲一の2、三の1、四の2、五の2、二一、二八、証人矢田)

(五) 矢田は、昭和六二年六月頃、久保田から「今回の取引は八億円を超えるが手形を出すから先払いの必要はない。手形に裏判を押して共和に渡すという方法でいいか。飯田産業のマージンは共和から振り込んでもらうことになる。それでよければ注文書は出さないが請求書を出してもらいたい。」旨の電話連絡を受け、飯田産業本社の承諾を得たうえ上京し、被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部において、津田に請求書を渡し、同人の案内で被告経理部に行き、取引一覧表(3)に関する約束手形を受け取った。(甲五の3、二一、二八、証人矢田)

(六) 飯田産業と被告は、昭和六三年一月から七月までの間、六回にわたり飯田産業が被告から約束手形の交付を受け、これに裏判をして共和やアール・アンド・ディー・エンジニアリングに交付し、その後、共和やアール・アンド・ディー・エンジニアリングからマージン相当額が飯田産業の銀行口座に振込送金されるという前項同様の取引(取引一覧表(4)ないし(6)、(9)ないし(11)記載の契約)を行った。アール・アンド・ディー・エンジニアリングへの手形の交付は久保田から指示されたものであり、手形はいずれも矢田が津田に請求書を渡し、被告の経理部から交付されたものであった。(甲五の4ないし6・9ないし11、二一、二八、証人矢田)

(七) その間の昭和六三年六月一〇日、被告が注文書を飯田産業に出し、飯田産業が共和に現金で先払いをし、その後被告が飯田産業に支払いをする形式の取引(取引一覧表(7)、(8)記載の契約)が行われ、飯田産業は、同表(7)の取引については同年八月三一日と同年一二月二九日に、同表(8)の取引については同年九月三〇日と同年一二月二九日にいずれも被告名義の支払いを受けた。右取引は、被告の津田課長から、電話連絡を受けて矢田が上京し、久保田又は津田から注文書を受け取り、その後、取引先信用限度申請書を作成して決裁を受けたあと、飯田産業が被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部宛に請求書を郵送していた。なお、右注文書は、被告の正規注文書用紙が用いられ、被告名下に久保田の印鑑が押され、鉄鋼プロジェクト営業部営業第一課名下に津田の印鑑が押され、「品質管理については免責」と手書きされていた。(甲一の3、4、二一、二八、証人矢田)

(八) 矢田は、昭和六三年八月、久保田から、被告が飯田産業に注文し、飯田産業が共和に現金で支払った後、被告から後日支払いを受ける取引(以下「先払形式の取引」という。)を「今後、毎月発注できると思うけれども、飯田さんのほうは対応できますか。」との電話連絡を受け、飯田産業本社と相談した結果、右申し出を受けることになり、久保田にその旨連絡した。その後飯田産業と被告は、同月二六日から平成二年九月二五日までの間、二九回にわたり右先払形式の取引(取引一覧表(12)ないし(40)の取引)を行った。矢田は、昭和六三年八月二六日の取引について、津田から連絡を受けて上京し、注文書を受け取って取引先信用限度額申請書を作成して福岡本社の決裁を受けた後、被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部宛に請求書を郵送していたが、間もなく津田から、「注文書をわざわざ取りに来なくてもいい。共和が請求書を送るのだから、その時一緒に送らせるようにするから。」との指示を受けた。その後、先払形式の取引については、共和の十倉経理部長から「丸紅から注文書が来ている。」との電話連絡を受け、被告の注文書と共和の請求書をファックスで送ってもらい、取引先信用限度申請書を作成し、右ファックスと粗利益計算書を添付して福岡本社の決裁を受けるようになった。(甲一の5ないし38、五の10ないし39、二一、二八、証人矢田)

(九) 矢田は、福岡本社の決裁を受けた後、その都度津田に注文書が届いたことを連絡していた(ただし、津田が海外勤務となる平成元年四月まで)ところ、昭和六三年一〇月ころ、津田から「こちらのほうで支払い計上するので、請求書は送って来なくていい。」といわれ、福岡本社からの指示で確定した支払期日を注文書に書いてもらうことになった。右によって、昭和六三年一〇月一四日からの先払形式の取引(取引一覧表(15)以降の取引)には、四ないし六か月後の二五日が支払期日として注文書に記入され、また、昭和六三年一〇月一三日以降(ただし、取引一覧表(15)の取引を除く)の取引(取引一覧表(14)以降の取引)に関する注文書には「品質管理については免責とする。」との特約が明記された。(甲一の12ないし38、二一、二八、証人矢田)

(一〇) 矢田は、共和との打合せのため、毎月一、二回上京していたが、注文書が郵送になってからも、上京した際被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部に顔を出し、久保田や津田に会って取引のお礼をしていた。矢田が久保田や津田に会った場所は、被告東京本社の大部屋で、矢田は同所で本件取引を含め先払形式の取引を話題にしたが、久保田や津田だけでなく他の大部屋の社員にも変わった様子はなく、矢田は、右取引が社内手続きを踏んだものであって、支払期日どおりの支払がなされるものと信じていた。飯田産業は、取引一覧表(12)ないし(40)の取引について、被告名義の注文書を受領後、注文書の金額からマージンと金利を差し引いた金額を共和の取引銀行に振込送金し、同表(12)ないし(34)の取引については注文書記載の金額をほぼ支払期日どおり全額被告名義で飯田産業の取引銀行に振込送金を受けた。しかし、同表(35)の取引については平成二年一〇月二五日が支払期日となっていたが、右支払を受けられず、飯田産業の副社長山本と矢田は、被告の常務取締役で鉄鋼第二本部長であった臼井昭八郎と交渉したものの、調査してみると言われるだけで埒があかず、そのうち昭和六三年八月以降は飯田産業との間には取引がないと本件取引の代金支払を拒否された。なお、矢田は、支払期日に支払がない場合、久保田に連絡を取っていたが、本件取引を除きほとんどまもなく支払がなされていた。(甲二の4ないし33、三の4ないし30、四の5ないし30、五の9ないし39、六の18ないし79、二一、二八、証人矢田)。

2  証拠判断

被告は、津田が、昭和六一年三月六日から同月一六日までヨルダンへ出張中であったとして、昭和六一年三月一三日の取引に関する証人矢田の証言は信用できないと主張する。

確かに、矢田は、その証人尋問において、先払形式の取引に関する飯田産業と被告との基本合意は昭和六一年三月一三日に成立したものである旨証言するところ、右は同時に久保田から交付された取引一覧表(1)の注文書の欄外に、昭和六一年三月一三日付飯田産業社長印が押捺されていることを根拠にしていると思われるが、同注文書の納期は「昭和六一年三月五日」となっており、既に共和が納入済みの製品を被告が飯田産業に注文するのは不自然であって、このことからすると、右取引は昭和六一年三月五日以前になされたものとみるべきである。そうすると、津田が、昭和六一年三月六日から同月一六日までヨルダンへ出張中であったとしても何ら矛盾はなく、右日付の違いをもって、右以外の矢田の証言の信用性を否定することにはならない。

3  判断

(一)  本件取引が、契約締結権限を有する者によって行われたものか否か。

前記認定の事実によると、飯田産業と被告名義の取引のうち、昭和六三年八月以降の取引については、堤林及び久保田が共和の取締役副社長で実質上の経営権を掌握していた森口と共謀のうえ、共和の資金繰りを助けてその破綻を防止し、被告の共和に対する滞留債権の回収を図り、自らの被告社内における地位を保持するため、被告社内の手続きをとらず、ゼネコンから被告そして飯田産業さらに共和へと鋼材製品を注文する取引(先払形式の取引)を仮装し、右事情を知らない飯田産業を巻き込み、飯田産業に対し共和への代金先払いをさせてきたものである。

しかしながら、右仮装取引は、被告の従業員である久保田及び津田が被告名義で飯田産業と取引したものであって、取引一覧表(40)の取引を除き、右取引当時、津田は被告営業部第一課課長、久保田は営業部部長代理であったことからすると、これらの者が商法四三条の「番頭、手代その他営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人」であって、右取引がその委任事項の範囲内の行為であったとすれば、右取引行為は有効である。ただ右取引につき、当該商業使用人が社内手続きをとっていなかったとすれば、相手方において、右社内手続きをとる必要があり、当該取引につき右社内手続きをとっていないことを知っていた場合に限り、社内手続きをとっていないこと、すなわち商業使用人の代理権の制限を対抗しうるに過ぎない。

そこで、本件取引行為を被告担当者として行った久保田及び津田が右商業使用人に当たるか否かにつき検討するに、乙一七の1ないし3によれば、被告の職務権限規程二〇条は、部長代理の権限につき、「部(店)長代理は、部・店長を補佐し、その命を受けて特定業務を執行する。」と、一八条には、課長の権限につき、「課長は直属上長の命を受けて課の業務全般を執行する権限を有する。」と定められていることが認められ、右規定及び被告が飯田産業との間の取引として有効な取引であると認める取引一覧表(1)ないし(6)、(9)ないし(11)の取引における被告の担当者が久保田又は津田であったこと、右部長代理及び課長の職名からすると、久保田及び津田は、営業に関するある種類または特定の事項に関する代理権を有する商業使用人に当たるといわなければならない。

そして、前記本件取引を含む飯田産業と被告名義の取引の経緯からすると、本件取引(取引一覧表(40)の取引については後述する。)はいずれも久保田又は津田の権限の範囲内の行為であると認めるのが相当である。

これに対し、被告は、堤林・久保田・津田らは、決裁ラインに属さないから代理権はないと主張し、前掲乙一七の2、3によると、本件取引の決裁権限は主管部長すなわち鉄鋼プロジェクト営業部部長が決裁権限を有していたことが認められるが、決裁権限と代理権とは異なり、決裁権限は社内における制限にすぎないものであるから、代理権の有無に影響を与えるものではなく、相手方である飯田産業が悪意である場合に限り、右代理権の制限を対抗し得るに過ぎないものであることは前述のとおりである。なお、飯田産業が本件取引につき被告の社内決裁を経たものであると認識していたことは後述のとおりであり、また、取引一覧表(40)記載の取引は、久保田が平成二年八月三一日付けで被告の金属統括部部長付きとなり、鉄鋼プロジェクト営業部とは関係がなくなっているが、飯田産業は久保田の異動を知らず、かつ、同取引に関する注文書には従前同様久保田の印鑑が押捺されていたことから、飯田産業は久保田がその代理権を行使して右注文を行ったものと信じて右取引に応じたものであり、右信じるにつき無過失と認めるべきであることは後述のとおりである。

(二)  飯田産業が権限濫用の意図につき知りまたは知ることを得べかりしといえるか。

(1)  代理人が自己または第三者の利益を図るために権限内の行為をしたときは、相手方が代理人の右意図を知りまたは知ることをうべかりし場合に限り、民法九三条但書の規定を類推して、本人はその行為につき責めに任じないと解するのが相当であるところ(最判昭和四二年四月二〇日民集二一巻三号六九七頁参照)、前記認定の事実によれば、本件取引は、昭和六一年三月から(なお、昭和六一年一月の取引は飯田産業が被告に発注したものであってその余の被告と飯田産業との取引とは逆の取引である。)平成二年九月まで、取引回数四〇回にわたり反復継続的に行われ、その際の被告の窓口は、常に久保田か津田であり、そのうち当初の取引は社内手続きを経た有効な取引であったこと、右有効な取引の形式は、鉄鋼プロジェクト営業部部長の印鑑が押された注文書のあるものだけでなく、注文書さえない取引もあって形式は一定していなかったこと、先払形式の取引の注文書は、いずれも久保田・津田の印鑑が使用されているが、その前後に右注文書のない取引があって、しかも、本件取引分を除きいずれも被告名義で支払いがなされてきたこと、有効な取引はもとより先払形式の取引の当初は、飯田産業の大分営業所所長であった矢田が被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部を直接訪問して久保田や津田から直接注文書を受領し、注文書が共和経由となり、また、請求書を被告に送付しなくなってからも、矢田は、注文を受けた都度津田に連絡をとり、さらに、上京の折りは久保田や津田を前記鉄鋼プロジェクト営業部に訪ねていたこと、先払形式の取引の注文書が共和経由となり、また、請求書を被告に送付しなくなったのはいずれも津田からの指示に基づくものであって、右取引中被告から久保田や津田の代理権の存在を疑わせるような通知はもとより、久保田や津田に右取引の権限がなくなったとの連絡もなかったこと等の事情が認められるのであって、かかる事実からすると、飯田産業が久保田や堤林が森口と共謀して、その権限を濫用していたことを知り又は知ることをうべかりし事情があったとはいえず、もとより、久保田や津田が社内手続きを経ることなしに本件取引を行っていたと飯田産業が知っていたと認めるべき事情もない。

(2) 被告はこの点について

イ 被告が存在を否認する昭和六三年八月以降の取引に関する注文書には鉄鋼プロジェクト営業部部長印の押印がなく、代金決裁方法についても、被告が存在を認める取引については被告振出の約束手形による決裁であるのに対し、被告が否認する取引については被告は約束手形を振出していないし決裁もしていないのであるから、飯田産業はその変化に気付きえたはずであり、さらに、架空取引における被告名義の飯田産業への入金は、太陽神戸三井銀行新宿新都心支店からの振込が多いが、被告の主要取引銀行は富士銀行であって、飯田産業の担当者が被告の正規の取引であると認識していれば、右振込銀行の違いから、架空取引であることを知り、または知り得るはずである旨主張するところ、津田はその証人尋問において、被告の社内手続きを経た有効な取引については、いずれも注文書が飯田産業に交付され、右注文書には鉄鋼プロジェクト営業部部長印が押捺されており、乙一の1ないし14が右飯田産業に交付された注文書の写又は控である旨証言する。

しかしながら、右乙一の1ないし14が右飯田産業に交付された注文書の写又は控であるとすれば、右注文書の金額と飯田産業における被告からの受注金額とが一致すべきであるのに、同号証に対応する飯田産業の取引先信用限度申請書(甲五の3ないし6、8、9)の受注額は一致せず、右証言は措信し難い。

そして、甲二一、二八、矢田進の証言によれば、取引一覧表(1)ないし(6)、(9)ないし(11)記載の取引は口頭による注文であったと認めるのが相当であり、昭和六三年八月以降の取引に関する注文書に鉄鋼プロジェクト営業部部長印が押捺されていないからといって、これらの取引は、被告も有効と認める取引同様、同部部長代理の久保田又は同部第一営業課課長であった津田が現実に担当していたのであって、飯田産業が、同人らの印鑑が押捺された注文書を正規なものと信じたとしても、前記認定の事情からすると、過失があるとはいえない。

次に、代金決裁方法につき、被告が有効と認める取引の決裁方法は被告振出の約束手形によるものであった旨主張するが、前掲甲二一、二八によれば、右有効な取引決裁方法はかならずしも被告振出の約束手形ばかりではなく、取引一覧表(1)、(2)記載の取引の決済は現金であって、右決済方法の相違をもって、昭和六三年八月以降の取引につき、堤林及び久保田が森口と共謀し、自己又は共和の利益を図るため社内手続きも経ずに、その権限を濫用していたと知り又は知ることをうべかりし事情があったとはいえない。

振込銀行の相違については、本件全証拠によるも、飯田産業の担当者が被告の主要取引銀行が富士銀行であったと知っていたとは認められず、右相違をもって、本件取引が架空取引であることを知り、又は知りうるはずであったとはいえない。

ロ 通常の取引であれば、被告宛に代金支払請求書を送付して代金決済を受けたはずであるのに、昭和六三年八月以降の取引については、飯田産業から被告に対して代金支払請求書は送付されてはおらず、また、物品の納入については共和から納品書の写しの交付を受けることすらしていないこと、架空取引に関する被告名義の注文書は共和からファックスで飯田産業に送付され、その後、共和の請求書、納品書、見積書等とともに共和から飯田産業宛に郵送されるなど、その取引形態は異常であって、飯田産業あるいはその担当者であった矢田は、権限濫用の意図を知っていたか知らなかったとしても容易に知ることができたはずである旨主張するところ、右取引の形態はいずれも久保田又は津田から矢田に電話で指示され、福岡本社の承諾を得て行ってきていたこと、右取引形態となってからも、矢田は被告東京本社鉄鋼プロジェクト営業部において右取引に関する話をし、当時部長代理又は課長であった久保田や津田が直接これに対応していたこと等の前記認定事実からすると、飯田産業あるいはその担当者であった矢田が右取引を有効な取引であると認識していたことは当然であって、久保田や同人と共謀していた堤林の権限濫用の意図を知っていたとか、または知りえたはずであるとは到底いえない。

ハ 飯田産業副社長山本邦介は、昭和六三年一二月五日、被告九州支社総務経理部審査課長から、飯田産業における共和関係の取引状況に関する問合わせにつき、昭和六三年五月から六月にかけて行った「共和→飯田産業→被告」のルート取引は共和から頼まれてたまたまやったものであり、現在は五億円を限度とする鋼材取引を行っているだけであるとの虚偽の回答をし、また、架空取引において、被告名義による飯田産業への入金が遅延した際、飯田産業の後藤は被告に対してではなく、共和の十倉正樹に対して支払予定日の問い合わせ等を行っていることからすると、飯田産業あるいはその担当者であった矢田は、権限濫用の意図を知っていたか知らなかったとしても容易に知ることができたはずである旨主張する。

虚偽回答については、右主張事実に副う乙一二の記載と証人寺沢俊司の証言があるが、山本の回答が右五億円を限度とする鋼材取引が昭和六三年五月から六月にかけて行った約束手形に裏書をして共和に交付する取引も含めた趣旨であるか否かは判然としない。なぜならば、昭和六三年五月から六月にかけて行った取引のうち、被告が有効

取引一覧表

番号

発注日

売上金額

回収日

件名

仕入先

仕入金額

支払日

(1)

S.61.3.

上旬

257,400,000

S.61.6.11

日伸ハイツ

(株)共和

252,252,000

S.61.3.13

(2)

S.61.4.10

410,400,000

S.61.7.25

協和新宿ビル他

391,131,731

S.61.5.2,S.61.5.8

S.61.5.7,S.61.5.15

(3)

S.62.7.7

848,284,400

S.62.7.15

協同飼料鹿島工場

他4件

841,922,267

S.62.7,15

(4)

S.63.1.12

34,804,000

S.63.1.25

佐川急便事務所

34,542,970

S.63.1.25

(5)

S.63.3.18

107,864,000

S.63.3.23

スーパーMK

ファッションビル

107,053,920

S.63.3.25

(6)

S.63.5.30

1,213,752,000

S.63.6.4

寒川シティーホテル他

アールアンドディ

エンジニアリング

1,204,648,860

廻し手形

(スライド)

(7)

S.63.6.10

346,500,000

S.63.8.31

新宿一丁目

(株)共和

329,772,362

S.63.6.15

(8)

S.63.6.10

391,050,000

S.63.9.30

S.63.12.29

伊藤マンション

370,609,628

S.63.6.15

(9)

S.63.6.30

982,000,000

S.63.7.5

山ノ内西新宿

アールアンドディ

エンジニアリング

974,635,000

廻し手形

(スライド)

(10)

S.63.7.25

978,857,600

S.63.7.30

若草町YKK

971,516,168

廻し手形

(スライド)

(11)

S.63.7.25

48,500,000

S.63.7.30

(株)共和

48,136,250

S.63.7.30

(12)

S.63.8.26

600,357,500

S.63.12.29

東急リゾートタウン

勝浦他

569,838,288

S.63.9.3,S.63.10.3

S.63.9.5

(13)

S.63.9.20

426,012,500

H.1.1.27

GHKマンション新築工事

404,276,876

S.63.10.3

(14)

S.63.10.13

526,000,000

H.1.3.31

SKマリーナハイツ他

498,477,951

S.63.11.25

(15)

S.63.10.14

446,500,000

H.1.2.28

NUPリゾートマンション

423,802,142

S.63.11.5

(16)

S.63.11.14

560,000,000

H.1.4.26

SH印刷工場

530,803,135

S.63.12.29

(17)

S.63.11.16

81,000,000

H.1.4.26

目黒SS工場

76,836,341

S.63.12.29

(18)

S.63.12.13

595,000,000

H.1.5.27

NEWコスモ

562,539,409

H.1.1.13

(19)

S.63.12.28

553,000.00

H.1.6.26

大成HN冷蔵倉庫

522,522,125

H.1.2.10

(20)

H.1.1.27

556,000,000

H.1.7.26

ハートランドS大田

524,322,472

H.1.2.28,H.1.3.3

(21)

H.1.2.28

448,000,000

H.1.8.28

フルークス外苑

422,642,341

H.1.4.5

(22)

H.1.3.30

496,460,000

H.1.9.28

HN社屋ビル

468,636,478

H.1.5.8

(23)

H.1.6.9

373,890,000

H.1.10.27

第一冷蔵倉庫他

353,283,539

H.1.6.12

(24)

H.1.6.14

458,350,000

H.1.11.27

SD工場他

432,406,511

H.1.7.5

(25)

H.1.7.13

415,090,000

H.1.12.28

KG開発センター

391,595,110

H.1.8.4

(26)

H.1.8.17

442,900,000

H.2.1.26

(仮)スポーツメント湯沢II

417,913,403

H.1.9.5

(27)

H.1.9.14

576,800,000

H.2.2.28

渋谷FNビル、報知新聞社他

544,236,322

H.1.10.5,H.1.10.9

(28)

H.1.10.12

659,200,000

H.2.3.30

ASプラザ八王子

622,255,904

H.1.11.6

(29)

H.1.11.15

659,200,000

H.2.4.27

AS茨木工場

622,133,274

H.1.12.6

(30)

H.1.12.7

669,500,000

H.2.5.30

(仮)川鉄KTビル

632,352,288

H.2.1.8

(31)

H.2.1.8

684,950,000

H.2.6.27

(仮)三洋電子小千各

646,562,775

H.2.2.5

(32)

H.2.1.18

695,250,000

H.2.7.27

(仮)熱海KKリゾート

656,026,852

H.2.3.5

(33)

H.2.2.20

673,620,000

H.2.8.28

(仮)栗谷ビル他

635,617,128

H.2.4.5

番号

発注日

売上金額

回収日

件名

仕入先

仕入金額

支払日

(34)

H.2.3.19

468,650,000

H.2.10.3

H.2.11.26

(仮)山陽PT他3件

(株)共和

442,297,874

H.2.5.7

(35)

H.2.4.18

465,560,000

約定支払日

H.2.10.25

(仮)東急青山ビル他3件

439,295,020

H.2.6.5

(36)

H.2.6.20

655,080,000

約定支払日

H.2.11.25

(仮)新宿TKビル他3件

618,001,217

H.2.7.5

(37)

H.2.7.10

666,410,000

約定支払日

H.2.12.5

(仮)青山NTビル他3件

628,937,857

H.2.7.17

(38)

H.2.7.31

543,840,000

約定支払日

H.2.12.25

(仮)コスモOBビル他2件

515,384,504

H.2.8.27

(39)

H.2.8.28

649,930,000

約定支払日

H.3.1.25

(仮)MSビル他3件

616,889,955

H.2.10.5

(40)

H.2.9.25

673,620,000

約定支払日

H.3.2.25

(仮)NTホテル他3件

639,000,547

H.2.11.1

H.2.11.2

と認める取引は右約束手形に裏書をして共和に交付する取引だけであったこと、矢田証言によれば、右は飯田産業における鋼材取引との認識ではなく、手形を廻すだけでマージンが入ってくる取引であると認識していたこと、さらに、先払形式の取引についてもいわゆる商社金融と考えていたことが認められ、右五億円を限度とする鋼材取引が先払形式の取引も含める趣旨であるのか現実の鋼材取引を意味するのか判然とせず、右を虚偽回答であると認めることはできない。

次に、後藤の十倉に対する問い合わせについては、矢田証言によれば、右事実が認められるが、右証言に前掲甲二一、二八によれば、先払形式の取引につき入金が遅滞したとき矢田も久保田に対し直接連絡をとっていたことが認められ、かかる事実からすると、右後藤の問い合わせがあったからといって、飯田産業あるいはその担当者であった矢田が、久保田らの権限濫用の意図を知っていたとか、知らなかったとしても容易に知りうべき事情とはならない。

ニ 飯田産業の東京の営業所及び大分の営業所は、いずれも共和の営業所と同一場所にあり、両者は事務所を共同使用していたこと、また、飯田産業は共和との共同出資により、「株式会社ケイアイテック」(本店・東京都渋谷区代々木三丁目一六番二号)を設立し、矢田は、右株式会社ケイアイテックの取締役に就任していること、さらに、昭和六一年二月一〇日、被告の担当者津田が北九州地区における共和関係の工場を訪問した際、同人を案内したのは森口及び矢田であったこと、そして、昭和六二年一月、被告鉄鋼プロジェクト営業部に、共和から鉄骨製品を仕入れ、三井造船株式会社に売却する内容の商談が持ち込まれた際、同部を訪れたのは住友商事権藤と矢田であり、被告鉄鋼プロジェクト営業部に共和絡みの商談がもたらされる場合には矢田が関係していることが多かったこと等の飯田産業と共和との密接な関係に照らせば、共和の副社長森口を中心とする偽造文書を用いた取引につき、飯田産業関係者、特に矢田がその事実を知っていたか、知り得たはずである旨主張するところ、矢田証言によれば、飯田産業の東京営業所及び大分営業所は、いずれも共和の営業所と同一場所にあり、両者が事務所を共同使用していたこと、矢田が株式会社ケイアイテックの取締役に就任している事実が認められるが、同証言によれば、東京の事務所は電話を借用しているに過ぎず飯田産業の従業員の常駐がないこと、一方大分営業所については共和の関係者が市役所に書類を出すために必要がある場合に使用させていたに過ぎず、共和の従業員が右営業所を使用するのは年に数回ある程度であったこと、矢田が株式会社ケイアイテックの取締役に就任したのは、共和の子会社で塵焼却場の運転管理を業務としていた株式会社ケイアイテックに飯田産業が資本参加し、矢田が名目的取締役として名前を連ねただけであって報酬は受けていなかったこと、飯田産業と共和とは役員も経理も別であって、それぞれの計算のもとに経営し、各自の営業として先払形式の取引等を行ってきたことが認められ、かかる事実関係からすると、飯田産業と共和とが右取引による関係以上に密接な関係にあったとはいえず、このことは、昭和六一年二月一〇日に津田を森口と矢田が案内したことも同様である。

さらに、被告と共和絡みの商談に矢田が関与していた点についても、被告と共和との取引につき、飯田産業がいわば商社として関与する基本合意が成立していたことからすると、飯田産業の業績を上げるための当然の行為であったといわなければならず、本件全証拠によるも、飯田産業関係者特に矢田が森口を中心とする架空取引の実体を知っていたとか、知り得たはずであるとはいえない。

ホ 被告の現在の常務取締役である臼井昭八郎は、昭和六二年四月から平成元年三月まで被告九州支社長、平成元年四月一日、本社鉄鋼第二本部長に転出、同年六月末、常務取締役に昇任したものであるが、その間、飯田産業から被告本社鉄鋼プロジェクト営業部と飯田産業との取引について何ら説明も挨拶も受けていないし、平成二年一一月九日、飯田産業の副社長山本及び矢田が被告の常務取締役臼井に対し、「本件の飯田産業・丸紅間の取引については、いままで飯田産業側から丸紅に接触したことはなく、共和の三浦なる人物と話しをしていた。」旨話すなど、飯田産業の関係者の間には、本件取引が通常の取引とは違うとの認識があったとみられるのであって、飯田産業あるいはその担当者である矢田は、権限濫用の意図を知っていたか、知らなかったとしても容易に知ることができたはずであるのに、これを知らなかった点で重大な過失があるというべきであると主張する。

しかし、臼井に挨拶していないからといって、本件取引が異常な取引であることを飯田産業関係者が知っていたということにはならず、その他被告の主張する本件取引を含む先払形式の取引における異常性もいずれも久保田や津田の指示に基づくものであって、被告の社内手続きに精通しない飯田産業関係者に右を異常であると判断することは不可能を強いるものであって、本件全証拠によるも、飯田産業あるいはその担当者である矢田は、権限濫用の意図を知っていたか、知らなかったとしても容易に知ることができたはずであるとは到底いえない。

(三)  物品の納入がなされていない本件取引について被告が代金支払い義務を負うか。

被告は、本件取引は売買契約であって、物品の納入がなされない以上、代金支払義務は発生しない旨主張するところ、本件取引は、堤林及び久保田が森口と共謀し、架空の取引であるのに、飯田産業に対し、被告の社内手続きを経た有効な取引であると装って締結した契約であり、右取引を担当した久保田はその職務権限上被告の代理権を有し、本件取引は右代理権の範囲内の行為であって、民法一〇一条の趣旨からすると、被告は本件取引につき、物品の納入がなされていないことを主張しえないものというべきである。

五  以上のとおりであって、原告の主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧弘二 裁判官横山秀憲 裁判官小島法夫)

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